NHK大河ドラマ龍馬伝の第40話(清風亭の対決)を見ての感想

NHK大河ドラマ龍馬伝の第40話(清風亭の対決)を見ました。

長州藩とともに馬関(下関)で幕府軍と戦った坂本龍馬・亀山社中は、幕府から追われる身になります。一方、世の中が動いたと感じた土佐藩の最高権力者である山内容堂は、後藤象二郎(土佐藩の藩政を任されている重役)に対し、薩摩藩・長州藩に接触するよう指示。後藤象二郎は、小曽根乾堂・大浦慶(長崎の豪商)経由で薩摩藩・長州藩に接触しようとしますが、小曽根らに断られます。そこで後藤象二郎は、薩摩藩・長州藩に伝手を持つ龍馬を利用すべく、清風亭(長崎の料亭)で龍馬と会談するといった内容の龍馬伝の第40話でした。

清風亭での龍馬と後藤象二郎の会談のシーンは見ごたえがありました。龍馬、後藤象二郎ともに肝がすわっているという感じがしました。特に後藤象二郎には、成長のあとが見えた気がします。

以前の後藤象二郎(龍馬を憎み木を見て森を見ない感じの後藤象二郎)であれば、龍馬との会談すら実現しなかったのではないでしょうか。又、龍馬は清風亭での会談で後藤象二郎に対し、龍馬の考える大政奉還の策を土佐藩が進めるよう提案、後藤象二郎はその提案を受け入れますが、以前の後藤象二郎であれば、下士である龍馬の提案を受け入れるとは考えられません。

土佐藩は、上士と下士との間に軋轢があり(上士が下士を差別する風土が強く)、藩が1つになるのが遅れたため、薩摩藩や長州藩に幕末において一歩遅れた気がします。もしもっと早い時期に上士が下士を藩政で抜擢し、適材適所で武市半平太や龍馬などを使いこなしていたとしたならば、違った幕末になったかもしれないと思った次第です。

とは言え、龍馬は脱藩し、いろんな人と出会い、いろんな経験をしたからこそ薩長同盟を仲介するなどができたと考えると、脱藩せず土佐藩で龍馬が登用・重用されていたとしても、史実のような龍馬の活躍はなかったのかもしれません。

尚、清風亭での会談後、亀山社中は海援隊と名を改め、薩摩藩を離れて土佐藩の援助を受ける事になります。薩摩藩にとって亀山社中・坂本龍馬は、薩長同盟を結ぶための道具で、薩長同盟がなれば用なしとなったいう事なのでしょうか。その当たりの経緯も少々気になる所です。


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